第55章 彼女はもう心を軟らかくしない

佐伯薫が慌てて、有川紘樹の袖をきゅっと引いた。

「もう……いいよ。佑奈さん、わざとじゃ――」

「人を殴ったんだ。『もういい』で済む話じゃないだろ」

紘樹の声が、さらに低く沈む。

佑奈はようやく足を止め、男を振り返った。

――この男を、本当に六年も愛してきたの?

どうして、こんな卑しくて理屈の通じない人を好きになったんだろう。

「それで?」佑奈が問う。

紘樹は眉をひそめる。

「……その態度は何だ」

「じゃあ、どんな態度なら満足なの?」

佑奈は見下ろすように彼を見る。

「土下座でもして、彼女に謝れって言いたい?」

紘樹は薫の腕を放し、一歩前に出た。

「殴っておいて、自...

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